Cakes 『クリエーターズデスク 』

山形浩生@求道学舎編

山形浩生・前編「築85年超のリノベーション住宅に、本と世界の珍品を詰め込んで」

独創的な仕事をしているクリエイターたちの机をご紹介しながら、そのお仕事をご紹介する本連載。今回はcakesでも「新・山形月報!」を連載している、評論家・翻訳家の山形浩生さん。かつて週刊誌『SPA!』の取材で紹介された山形さんの机は、とんでもない散らかりようでした。それから十数年、山形さんの机はどうなっているのでしょうか? 山形さんの仕事場兼お宅を訪ねました。(構成:崎谷実穂

出張先で衝動買いしたテーブルのために引っ越した

— 山形さんは、2001年の『SPA!』の「あの凄腕ビジネスマン、クリエイターの机が見たいーっ!!」という特集に出られているんですよね。

山形浩生(以下、山形) そうそう。ごちゃごちゃでひどいよね、あの机(笑)。

— このクリエイターズ・デスクという連載は、あの企画をよみがえらせる趣旨で始まったんですよ。

山形 へえ、そうだったんですか。

— 『SPA!』の記事では、机の上が散らかってようと片付いてようと、仕事の効率は変わらないという調査結果に言及されていますよね。今でもその考えは変わりませんか?

山形 考え自体はあまり変わっていません。今は当時と違って一緒に住んでいる人(妻)がいるから、ちょっとは気にして片付けるようになりましたけど、会社の机はまったく前と同様ですからね。

— この共同住宅は建物自体、とても雰囲気がありますよね。もともとは東京大学の寮だったとか。

山形 その前は、僧坊*1だったんですよ。
*1 寺院内で僧侶が生活を送る居住空間や建物のこと

— お寺ですか? そのわりには、洋館風ですが……。

山形 敷地に入ってくる時、右手に教会みたいな建物があったでしょう。あれが「求道会館」というお寺なんですよ。

— なんと。

山形 明治33年に近角常観という僧侶が欧米の視察に行って、キリスト教の大聖堂の壮麗さにショックを受けたそう です。「こりゃ仏教はかなわない」と、日本に帰ってきてから武田五一という建築家に「いいから、ああいう西洋式の寺をつくってくれ」と頼んだ。そうして建 てられたのが求道会館だとか。中に入るとステンドグラスなどがあって一見キリスト教会堂なんですけど、十字架のあるところに仏壇があるんです。

— それはすごいですね……。

山形 それに併設して、修道院っぽい僧坊があればいいねと、この「求道学舎」という建物ができた。僧坊として使わ れた後は、東大の学生寮として使われていました。でも、そのうち六畳一間の水回り共用の寮が流行らなくなって、13年前に閉鎖したんですよね。そこからは 長年お化け屋敷と言われていたそうです。

— なるほど。

山形 ただ、ここのお寺さんはお墓を持ってらっしゃらないので、定期収入があまりないわけですよ。だからほったらかしにしておくわけにはいかなくなったと。

— 定期収入(笑)。

山形 大事ですよ、定期収入。で、求道学舎を共同住宅に改装して地代を取りたいと。しかも、ここは都内の鉄筋コン クリート製の住居としては、大正15年に建てられたという一番古い歴史を持つ建物なので、それをなるべく保存したいという意向があった。そこで、できるだ け元の建物を残しつつ共同住宅にする、「求道学舎リノベーションプロジェクト」というのが2004年に始まったんです。ちょうどこの辺りに住んでいた妹が このプロジェクトについて知り、最初は母を住まわせようとしたんです。でも、実は僕もそのとき家を探してた。

— 山形さんは、お引っ越ししようとしていたタイミングだったんですか?

山形 というのも、このテーブルがね。

山形 この食卓テーブル、大きいでしょ。出張先のスリランカで購入したんです。「あ、いいな」と思ったら5万円だ というので、「買った!」と即決。でも、日本に帰ってきたら、アパートに入らないんですよ。入り口どころか、部屋にも置けない。どうしようか、と思って、 輸送を待ってもらって急いで家探しをしていたら、妹が母親にこの部屋を勧めていて、「ここならテーブルが入る!」と兄貴が横から決めました。

— プロジェクトがどうこうというより、テーブルありきの引っ越しだったんですね(笑)。

山形浩生消防団員になる

— 住み心地はいかがですか?

山形 入居者同士が仲よくて、居心地いいですよ。いったん住むと、あんまりみんな動かないです。ここのコーディ ネーターに入居者を選んだ基準を聞いたら「酒の好きそうな人を選びました」って。「おいおい」と思ったんですけど、まあ、たしかに宴会すると大抵のことは 片がつきます(笑)。

— いいですね(笑)。皆さんで飲み会などされるんですか。

山形 半年に1回くらい総会のようなものがあって、この家で宴会をやっています。10戸ある住居のうち、たまたまうちが一番広いので。

— 古い建物に住む、というのは何か精神的に影響がありますか?

山形 どうだろう……古いというのはあまり関係がないかな。天井が高いのはいいなと思います。生活に影響があるといえば、スーパーが遠いことくらい(笑)。町自体も古いので、肉屋や八百屋など個人商店はあるんだけど、8時で閉まってしまうんだよね。

— それはなかなか大変ですね。では今度は、仕事机を見せていただけますか。

山形 家で仕事をしているのはここですね。

— 仕事部屋ではなく、リビングの一角なんですね。キーボードは何かこだわりが?

山形 これはメカニカルキーボードの赤軸ってやつかな。押しが深いキーボードが好きです。

— この横に置いてある本は、現在進めている仕事の資料ですか?

山形 いやあ、しばらく前に資料として使って、放置されているのがほとんどですね。『あたらしいみかんのむきかた 2』は、なぜここにあるんだろう(笑)。

— 資料でもなさそうですよね(笑)。ええと、消防団手帳が置いてあるのは? これも資料ですか?

山形 いえ、これは僕のです。僕は地元の消防団員なんですよ。ちょっと待っててください。(しばらくして)ほら。

— わあー! カッコいいですね!!

山形 この服、ヤフオクとかでは人気があるみたいですね(笑)。配給されたとき、出品してはいけないとお達しがありました。

— いやあ、これは本格的です。

山形 消防団に入れば、ヘルメットから防火用の服まで一式くれますよ。あと、訓練に出るとちゃんとお手当が出ます。おもしろいから、みんなやればいいのにね。

— なぜ消防団に入ろうと思ったんですか?

山形 この共同住宅はこの地域では新参者なので、住民で「地元に溶け込もう運動」というのをしています。それで、僕は地元の消防団に。他の皆さんも地域活動になるべく参加するようにしています。

李朝の箪笥に、五十兆ドルのお札?

— 消防団服の他にも、こちらのお宅にはいろいろなものがありそうですね。このタンスは、ずいぶん立派なようですが……?

山形 うーん、たぶん、たいしたもんじゃない。売り文句として「李朝の箪笥」とか書いてあったけど、絶対ウソ。そんなもの売ってるわけないじゃん(笑)。でも、このなかにはお金がいっぱい入っているんですよ。

山形 はい、1枚あげます。

— ええ? あ、ありがとうございます。えっとこれは……「RESERVE BANK OF ZIMBABWE」?

山形 ジンバブエハイパーインフレが起きたとき、現地に滞在していたんです。

— これがハイパーインフレ時のお札! 見たことのない桁数です(笑)。

山形 五十兆ドル札ですね。

— これを刷らなきゃいけないとなると、そのコストのほうが高いのでは……。

山形 そうそう。札束がないと卵すら買えないのに、彼らは律儀に1ドル札も刷ってたんですよ。その1ドル札、額面より絶対紙の価値のほうが高いでしょ、って。

— すごいなあハイパーインフレ。こちらはいつも出張で使っているキャリーケースでしょうか。出張で必ず持っていく物は何ですか?

山形 ええと、延長コードは絶対いるんですよ。あと、雷サージ対応の電源タップ。途上国のホテルは電源がむちゃくちゃなので、雷というか、漏電してバチッとなっても大丈夫なように。あとはUSBの電源とかケーブル類ですね。

— このキャリーケースと洋服を入れるバッグはまた別なんですか?

山形 いやいや、これ一つで行きますよ。洋服は、下着をそれぞれ二枚ずつくらい持っていけば、後は洗えばいいし。

— なんとコンパクトな。ニンテンドーDSがありますね。あ、坂口恭平さんの本も。

山形 そうそう、こないだのケイクスの連載にも書いたけど『思考都市』日東書院本社)、これは名作だと思う。

— こちらは、CDの棚ですか。音楽は普段どういうのを聞きますか?

山形 インダストリアル系のロックと、最近はトランス系かな。仕事しているときは、だいたい音楽を流しています。ナイン・インチ・ネイルズの新譜はまあまあだったかな。もう一歩踏み込んでほしかったけどね。

— あ、これは国立科学博物館の「深海」展のイカですか?

山形 おそらくそれに関連したものですね。これは国立科学博物館ではなく丸善で買ったんです。前からアメリカで買ったタコのぬいぐるみを持っていたので、そのシリーズみたいな感じで。

— このハリー・ポッター風の写真は、山形さん……ですよね?

山形 そうです。日本でも先日までやっていましたけど、「ハリー・ポッター展」がシンガポールにいた時に偶然やっていて。コーラを6本買ったらただで入場できるキャンペーンをしていたので、コーラ買ってただで観てきました。

— 衣装、すごくお似合いですね。ホグワーツ魔法魔術学校にこういう先生がいても違和感ないです。

山形 いやいや、生徒として入りますよ。ちゃんとわたくしはスリザリンで入ることが決まってます(笑)*2
*2 『ハリー・ポッター』の魔法学校は4つ寮があり、本人の資質を分析してどの寮に入るのかが決まる。スリザリンは蛇をシンボルとした寮で、選民思想を持つ学生が多く、狡猾な者が集うと言われている。

— なんと、あえてのスリザリンですか(笑)。

晴れた日には、屋上でビールを

— ああ、風が気持ちいいですねえ。

山形 三方に窓があるので、風が通るのはありがたいですね。このアーチ窓はもとの建物にあった窓を活かしています。

— そして、こちらに本棚が……うっ! これは何ですか?

山形 アフリカで手に入れた呪いの人形です。

— これはいかにも呪われそう……。

山形 本当は1本1本小便で錆びさせた釘を刺さなきゃいけないらしいんですけど、釘がどう見ても全部均一なんですよね。だから、おみやげ用の偽物でしょう。安心してください。

— は、はい(笑)。で、呪いの人形の向かいが本棚と。本棚はここと居間だけですか?

山形 寝室にも2つあります。あと、会社にも大量に本が置いてあります。会社では小さな区画と本棚一つもらっているんですけど、その本棚に仕事と関係ない本もたくさん詰め込んでます(笑)。

— 本はどちらで買うことが多いですか?

山形 最近はAmazonで買うのが8割くらいになるのかな。あとは、洋書のオンライン本屋と、会社の隣にある丸 善。実物が並んでいると、全然知らなかった本と出会う機会は増えますよね。さっきの坂口恭平さんの本も、平積みされているのを見て「表紙がすごい」と思っ て手にとったから。

— 引っ越しても、必ず持っていく本はありますか?

山形 この辺のウィリアム・バロウズ絡みの変な本は、ちょっと他では手に入らないので捨てられないですね。

山形 本棚ってしばらくすると「このへんは2年くらいさわってないな」という本も多くなるんですけど、処分してひと月くらいすると、「やっぱりあれが必要だった」ってなるのでなかなか捨てられない。あとはこの辺もずっと持ってる本です。

— 山形さんのお宅には、屋上があるとうかがったんですが。

山形 ありますよ。行きましょうか。

— ぜひ、お願いします!

山形 ここです。

— これはすごい開放感! ここは、山形さんのお宅の専有地なんですか?

山形 はい、そうです。住み始めた当時はカラスが巣をつくっていて、上ると襲われて大変でした。最近ようやくうちの土地だということをわかってもらえて、いなくなりました(笑)。

— 前はカラスが専有していたんですね(笑)。

山形 この家に越して新しくできた楽しみは、屋上でビールを飲むことですね。気持ちがいいですよ。

— それは想像するだけで楽しそうです。

山形 ただ、そんなに楽しめる日数がない(笑)。僕がそもそも海外でよく仕事をしていて家にいないし、天気が悪いと使えませんからね。あとは家で宴会ができるようになったのはいいことです。

— cakesに連載されているフェルディナント・ヤマグチさんなんかも、宴会にいらっしゃるとか。

山形 彼は常連ですね(笑)。

— 楽しそうですね(笑)。次は、翻訳のお仕事などについてお話をうかがいます。

後編は10月30日(水)公開予定


山形浩生さんが監修・解説を手がけた新刊です。

そして日本経済が世界の希望になる (PHP新書)

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ポール・クルーグマン
監修・解説:山形 浩生
訳:大野 和基

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